実家相続に潜む「親の呪縛」─YouTubeの相談が腑に落ちた瞬間
「親が大切にしてきた実家だから、自分がなんとか守らなきゃいけない。」そう考え続けることで、逆に、何も選べなくなってしまうことはありませんか。
あるいは、生前に身内から託された言葉に、必要以上に縛られてしまってはいないでしょうか。
私には、帰るべき実家はありません。
だからこそ、最初は今の家族である「義実家」のことを、どこかで重く受け止めていました。
義両親から、直接「家を守ってほしい」と託されたわけではありません。
けれど、かつての両親――私にとっての義祖父母が使っていた布団を、ずっと大切に使い続けていた義両親の姿を、私は見てきました。
その光景が目に焼き付いているからこそ、言葉にされずとも「この家が壊されるなんて、きっと露ほども思っていないのではないか」そんな無言の圧力を、私は勝手に自分の中で膨らませていた時期があります。
そして今、私はその家の解体工事の手配をしています。

自分の中ではもう、気持ちは成仏しています。
やるべきことをやる、と決めて進めている。
けれど、どこかで「こんなふうに割り切って進めている自分は、冷たい人間なのだろうか?」という思いが、頭の片隅をよぎることがありました。
そんな時に出会ったのが、この動画です。
投資信託クリニック、カン・チュンドさんのアンサー。
私の漠然としていた思いを、見事に言語化し、論理的に整理してくれました。
相談者のケースは私とは異なりますが、「冷たいのではない。これでいいんだ」と、自分の選択を肯定してもらえたような気がしたのです。
もし、かつての私のように「無言の願い」に縛られたり、自分の決断を「冷たい」と責めてしまいそうになっている方がいたら、この言葉が届いてほしい。
そんな願いを込めて、紹介します。
YouTubeの相談内容
ここで、私が出会った動画の相談内容を、簡単に紹介します。
28分25秒あたりから始まります。
相談者は、「築60年以上の古家付きの土地を相続してほしい」と85歳の母親から言われているものの、そこに住むことは現実的にできず、それでも「思い入れのある実家を維持してほしい」という親の願いを前に、どう判断すべきか悩んでいました。
生前に交わした会話が、親が亡くなったあとも頭に残り続け、合理的に売却したり、別の形で活用したりしていいのか、迷ってしまいそうだ――という内容です。
この相談に対して、投資信託クリニックの カン・チュンドさんは、とても冷静で、けれど突き放すことのない視点から答えていました。
次に紹介するのが、そのアンサーです。
相談への回答:よくある相談です。
※以下はYouTube動画の内容をもとにした文字起こしです。
読みやすさを優先し、一部、話し言葉を整えている箇所があります。
質問おおきにありがとうございます。
運用相談でよーくある話ですね。重たいですよね。
質問者さんが戸惑われるのは、ごもっともです。お母様の気持ちがわからないわけじゃないんですよ。
でも、資産っていうのは相続の話です。
残る資産があって、受け継ぐ人がいて。
そこには、お互いに「エチケット」があると、僕は思うんですよ。もちろん、資産を残す人が主人公です。
主人公なのはわかるんですが、
息子や娘たちに
「ぜひこれは守ってほしい」
「売らずに持ち続けてほしい」
というのは、あくまでご本人の希望なんですよね。ここからは、すっごく冷めた物言いになるんですが、
亡くなられた後というのは、所有権はすでに相続人の方に移っています。持ち続けようが、売却しようが、
有効活用しようが、そのまま放っておこうが。プラスアルファして申し上げると、相続が発生したときに
相続放棄をするという権利も、もちろん引き継ぐ側が有しています。単刀直入に申し上げると、シビアに、冷めた目で見ても良いのではないでしょうか。
資産やお金のことというのは、冷静に、かつ冷めた考え方で処理する。
僕は、それが大事だと思います。お父様やお母様に世話になった、自分ができることはする。
これはして差し上げる。でもそれと、引き継ぐ資産があるからといって
「親が言ったように管理し続けなければならない」
という義務は、相続人である子どもには、僕はないと思います。質問者さんは、これから自分の人生を歩まれるわけですから。
語弊を恐れずに申し上げます。もっと自分本位で、資産と相対してください。
お金とか資産というのは、
色も感情も、本来的に持っていません。お父様、お母様の気持ちはわかりますよ。
でも、ご本人が亡くなってしまえば、1億円のお金も、100坪の土地も、
まったく感情を持ちません。引き継ぐ側がどうするか。
引き継ぐ側の都合、引き継いだ側の価値観で、資産の扱い方を決めていいと思います。僕は運用相談の中で、たーくさんそういう事例を見てきました。
資産を引き継ぐ方が、「親の呪縛」から解かれていないという例をたくさん見ました。そんなのおかしいです。
それは違うと、僕は思います。もっと自由になっていいと思います。
質問、おおきにありがとうございます。
さいごに|ひとつの考え方として

カンさんのアンサーは、「こうすべきだ」と断定するものではありません。
すべての人に当てはまる答えでも、これが唯一の正解だという話でもないと思います。
ただ、親の気持ちを大切に思うあまり、自分の判断を後回しにしてしまっている人にとって、「こんな考え方もある」という視点を示してくれる言葉だったように、私には感じられました。
私自身、義実家の片付けや解体を進める中で、すでにやるべきことは決めていました。
それでもどこかで、「冷たいのではないか」という思いが頭をよぎっていたのも事実です。
その迷いに対して、「それでいい」と静かに背中を支えてくれた。
私にとって、このアンサーは、判断を肯定してくれる“ひとつの答え”でした。
もし、親の願いや、生前に託された言葉に縛られて、立ち止まっている方がいたら。
絶対ではないけれど、こんな答えもある。
そう受け取ってもらえたら、と思います。
ただいま、実家じまい真っ只中です。

